神田先生と学ぶ日本の法律事情

③家族信託は家族の為ならず

神田英明(かんだ・ひであき)先生

今回は「自律と家族信託」を扱います。ここ最近、相談が増えている家族信託は、「自律的な生き方」という文脈で語られるべきもの、と私は考えています。正に、家族信託は、自分の自律的な生き方の為のものなのです。自律とは、自己決定、すなわち、自分で決める、ということです。因みに、反義語は他律、すなわち、他人(ひと)任せです。つまり、たとえ認知に問題が出ても、引き続き自分で決めた人生が送れることを可能にする制度が家族信託なのです。

 家族信託は、家族間で行う家族による家族のための民事信託の通称です(なお、「家族」という名前は典型例を示したに過ぎず、親戚や友人その他、信頼できる人であれば誰でも構いません。)。例えば、親が将来認知症になってもお手上げ状態にならないように、親の所有する自宅と預金を3人姉妹の長女に家族信託するケースなどがその一例です。信託銀行が行う富裕層の金融資産を扱う商事信託や、金融商品の一つである投資信託とは全く異なるものです。

 「信託」は、読んで字のごとく、委託者が最も「信」頼できる第三者(受託者)に自分の財産を「託」する契約です。

 ところで、「権利」という漢字二文字を分解すると、「権と利」すなわち「権限と利益」に分けられます。つまり、「権利」者=「権」限者+「利」益者という形になります。本来合体しているこの二つを分けて考えるのが信託という制度です。

 前者の「権限」は、例えば、「売却権限は誰にあるのか?」のように財産の管理処分権を意味します。誰が売買契約や賃貸契約を締結できるのか、誰がその財産の「名義人」なのかという話です。

 これに対し、後者の「利益」は、当該財産から生ずる利益を受ける者(受益者)は誰かという話です。売却代金や賃料、預金は誰に帰属するのか?という問題です。利益の受け手が本人のままということであれば生前贈与になりませんので、税金問題が絡みません。

 商事信託の例外を除き、本来、「権利」を「権」と「利」の二つに分断することは長い間認められませんでしたが、2007年の信託法改正によって、非営利という条件付きではありますが、民事信託ないし家族信託という概念が許されることになったのです。

 これからの人生100年超の時代、日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業)によると85歳以上の認知症率は55.5%になると予測されています。乾愛ニッセイ基礎研究所研究員が2023年4月26日付で公表された国立社会保障・人口問題研究所の全国将来推計人口値を用いた全国認知症推計(全国版)を基にした試算でも似たような傾向となっています。

 その様な中で家族信託を結んでいないと、財産(貯金・不動産)の「塩漬け」という状況が発生します。判断能力の喪失を銀行が知った時点で預金口座は凍結されます。家族であっても貯金の引落しだけでなく、自宅や賃貸アパートなどの不動産の売却、賃貸、更新・解約、管理委託、大規模修繕、建て替え、及び、担保借入などが突如として一切できなくなります。財産権の管理処分には財産権者の「意思」が絶対で、契約の締結には契約者の「意思」が不可欠だからです。

 そうなりますと、介護施設への入居費用などは、準備した資産で賄うことができず、子供たちのポケットマネーで捻出することになります。例えば10~20 年間、子の「虎の子」で親を支援し、親が90~100歳で亡くなった時に初めて回収することになります。子に余程の経済的余裕がなければ、親が希望する「生き方」も「老後の世話」も子は実現してあげられません。

  もちろん種々の問題に対処するため、法は「成年後見」という制度を用意しています。しかし、成年後見制度には多くの限界があります。

 成年後見制度は、悪徳商人から高齢者の資産を守るなど、判断力に乏しい高齢者本人が死亡するまでの財産の不当な減少を阻止するための制度です。

 よって、家庭裁判所の監督の下、後見人や後見監督人が選任され財産の処分が相当厳しく制限されます。加えて、後見人や後見監督人が司法書士等の場合、月に数万円の報酬支払いが、本人が死亡するまで続きます。成年後見制度は、あまりにも使い勝手が悪い制度なのです。

 家族信託をしていたら、

  1. 家庭裁判所への報告や手続きは不要です。
  2. 本人が託したい家族を選任できます。
  3. 認知症後の相続税対策や家族の為の財産処分も可能です。
  4. 有効な資産管理ができます。自宅の売却も時機に即して処分できます。
  5. 後見人・後見監督人への報酬も発生しません。

 このように家族信託はメリットしかなく、万が一認知症になっても、本人が予定した通りに財産管理ができるので、本人も家族も安心していられるわけです。

 2018年に神戸大学の西村和雄教授らが日本人2万人に対して幸福感と自己決定に関する調査を実施したところ、所得や学歴よりも「自己決定」が幸福感に強い影響を与えていることが明らかになったそうです(神戸大学経済経営研究所創立100周年記念講演「幸せの計り方」)。家族信託をするか否かは、財産的リスクの事前回避にとどまらず、人生の集大成を自律的なものとして大いに満足して過ごすのか、人任せにして何も決めずに生きるのか、という人生の選択の問題なのです。

 人生の最期までを自分で決める。そうしていたら、たとえその人は認知症になっても、あるいは、意識がなく寝たきりになっても、なお自律した素晴らしい人生を歩んでいると言えるのではないでしょうか。


神田英明(かんだ・ひであき)先生

明治大学専任講師、東京弁護士会弁護士・通知税理士。ミュンヘンに 3 年ほど在住。コロナ禍を機に在外邦人のための全世界規模ズーム講演を多数開催。各専門家の紹介や個人的な相談にも気軽に応じてくださいます。

相談メールアドレス: 089kanda@gmail.com
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神田英明(かんだ・ひであき)先生

 本記事は「法律なんでも1000」No051「家族信託は家族の為ならず」(2023/4/10配信)が一部編集され、ニュースレター2025年2月号に掲載されたものです。