神田先生と学ぶ日本の法律事情
②借金の相続
亡き親の相続財産を調べていたところ、多額の借金が見つかったというケースは珍しくありません。例えば、友人から借金をしていたり、友人の保証人になっていた場合などです。借金がある場合、遺産分割はどのように行うのでしょうか。今回は「借金の相続」をテーマに取り上げます。
1.借金額がプラス財産を下回る場合
100万円の借金のような可分債務は、相続開始時に、つまり、死亡と同時に、法定相続分に従い各法定相続人に承継されます。例えば、配偶者と2名の子が相続人の場合、配偶者は50万円、子はそれぞれ25万円の借金を承継します。可分債務は死亡と同時に当然に分割されるため、遺産分割の対象にはなりません(最高裁判決昭和34年6月19日参照)。なぜ当然に分割されるかといいますと、相続人らの合意によって自由に遺産分割されてしまうと、債権者が借金を承継した相続人の無資力のリスクを負い、債権を回収できない恐れが出てくるからです。
もちろん例えば、相続人間で協議して、誰か一人が全額負担するなど法定相続分と異なる負担割合で合意することも自由です。しかし、債権者はこの合意には拘束されません。債権者から請求があれば法定相続分に応じた割合の金額を支払う義務があります。ただ、債権者が、その合意を承諾した場合は、債権者との関係においても有効となります(これを免責的債務引受といいます)。例えば、支払能力がある長女が全額負担する場合等、債権者にとっても1人に債権を集約した方がベターな場合もあるでしょう。
2.昔の借金である場合
古い借金の場合は、消滅時効が完成しているか否かも重要な視点となります。弁済期が来てから、5年ないし10年間が経過することで債務は時効によって消滅します。
ただし、その途中で債務の一部を支払ったり債務の承認をすると今まで経過していた時効期間がリセットされ振り出しに戻ります(これを時効の更新といいます)。あるいは、すでに消滅時効が完成していても、債務者がその債務の一部を支払ったり債務の承認をすると再び5年ないし10年間が経過しなければ消滅時効の効果を主張できなくなります(これを時効の援用権の喪失といいます)。債務者側は安易に相続した借金の一部の弁済や支払い猶予の申し入れをしないことです。
3.借金がプラス財産を上回る場合
債務が多額であり、自宅や預貯金などのプラス財産を上回る場合は、相続放棄をすることによって債務の拘束から逃れることができます。しかし、土地家屋などの積極財産も一緒に放棄することになりますので、それでも構わないという場合に限られます。
相続放棄は、相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に家庭裁判所に申述しなければなりません。注意すべきは遺産の処分です。相続放棄の前後に遺品整理その他相続財産の一部を処分してしまうと、相続する意思があるものとみなされて、もはや相続放棄をすることはできなくなります。また、相続放棄の手続きを終えた後でも、遺産を処分すると相続放棄自体が取り消されてしまいます。ただし形見分け程度であれば問題ありません。
なお、相続放棄をした人は最初から相続人でなかった扱いになります。例えば父親が死亡し、母親に全部相続させる趣旨で子が全員相続放棄してしまうと、父の両親、兄弟、甥姪などが相続人になってしまいますので注意が必要です。相続人全員が相続放棄をした場合、家庭裁判所が相続財産清算人を選出します。清算人が相続財産の管理を始めるまで現に占有している遺産の保管義務が生じます。保存義務を怠って第三者に損害を与えると賠償義務が生じます。また、勝手に処分すると相続放棄できなくなる可能性があります。このように負の不動産については一筋縄ではいきませんので、ご本人が元気なうちに色々と事前対策し生前の売却や寄付なども視野に入れておくべきでしょう。
なお、国際的な相続の案件で相続放棄をされる場合は、(イ)相続放棄の期間や撤回の可否などどの国の法律に従うかという問題(準拠法の決定)や、(ロ)相続放棄をどの国に申立てるかという問題(裁判管轄)が生じますので、専門家の指示を仰ぐようにしてください。
4.借金などのマイナス財産が、自宅や預貯金などのプラス財産よりも大きいか否かが不明な場合
このような場合に備えて、法は限定承認という制度を設けました。限定承認とは、プラス財産を上限としてマイナス財産を承継する制度です。プラス財産の方が多ければ結果的に財産の承継ができますが、マイナス財産の方が多くても、負担リスクなしで承継できるというメリットがあります。
しかし、この限定承認も3ヶ月以内に決断しなければなりません。しかも、相続人全員が揃って行動する必要があります。鑑定人を選任し財産の清算手続きが必要となりますので、多数の作業に多大な時間とエネルギーが必要です。結果がプラスなら手間暇をかける甲斐があるのですが、清算後にプラス財産が何も残らなければ疲労感だけが残ります。対策としては、限定承認の熟慮期間の伸長を申し立て、半年ほどかけてじっくりと調査することもお勧めです。
5.マイナスであることが明らかだけど、自宅などを残したい場合
相続財産を上回る借金があるが、自宅や家宝、非上場株式など相続財産の中に「どうしても手放したくない」財産がある場合はどうなるでしょうか。
その家にそのまま住み続けたいという場合もあるでしょう。この場合に相続放棄をしてしまうと自宅も失ってしまいます。こういったケースでも限定承認が有効です。限定承認の清算手続きの中に、相続人の先買権という制度があり、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価額を提供すればその財産の競売をストップできるようになっています。
ただし、限定承認をする場合には、いわゆる小規模宅地等の特例その他の相続税の軽減措置の特例を受けられなくなり、相続税が高額になるリスクがあったり、不動産の譲渡所得税がかかったりしますので、専門家に相談されることをお勧めします
6.相続とは、喩えればキノコを貰うようなものです。松茸や舞茸など、一見して美味しく食べられるキノコなら良いのですが、食べられるか確証が持てないキノコの場合には、専門家に鑑定をしてもらわなければ危険です。キノコの産地の市町村の役場には、時期になると専門家によるキノコの鑑定窓口が設けられているのを目にします。
借金のある相続は、言わば食べられるのか毒なのか確証が持てないキノコです。自己判断は危険ですので、専門家にご相談のうえ慎重に対応されてください。
神田英明(かんだ・ひであき)先生
明治大学専任講師、東京弁護士会弁護士・通知税理士。ミュンヘンに 3 年ほど在住。コロナ禍を機に在外邦人のための全世界規模ズーム講演を多数開催。各専門家の紹介や個人的な相談にも気軽に応じてくださいます。
相談メールアドレス: 089kanda@gmail.com
ニュースレター「法律なんでも 1000」 登録はこちらの URL から、どなたでも可能です。

※本記事は「法律なんでも1000」No090「借金の相続」(2024/2/29配信)が再編集され、ニュースレター2024年12月号に掲載されたものです。
デーヤックより
ドイツ法での相続放棄の期限は、ドイツ国内に相続人が常居している場合は死亡の事実を知ってから6週間、国外に相続人が住んでいる場合は3か月と決まっており、この間に、ドイツの遺産裁判所(Nachlassgericht)へ申し立てをしなければなりません。故人に負債があるかは、相続人として銀行などに情報開示を求める権利はありますが、一か所でまとめて情報を収集することはできず、書類や手紙類を調べ、周囲に話を聞くという調査が必要になります。それが、日本に住む遺族であれば、容易なことではありません。日頃から、相続人となる家族・親族には自分の財政状況を話しておきましょう。