神田先生と学ぶ日本の法律事情
①海外居住者の遺言
ドイツに居住する方が、日本とドイツのそれぞれの財産に関して遺言を書く場合、何に注意すれば良いでしょうか?
先ず、 ドイツの財産はドイツでドイツ語で、日本の財産は日本で日本語で、別々に二通の公正証書遺言を作成されることを強く推奨いたします。確かに、ドイツ語で書かれた外国の遺言だからという理由で、遺言が無効になることはありませんが、やはり日本の役所や銀行に対して、ドイツ語で書かれたドイツの遺言の効力を認めてもらうという処理は意外と面倒で、手続きが滞るリスクが高くなります。ご遺族が日本と日本語に強くないのであれば尚更です。
更に、遺言は公証人が関わるもの、日本で言えば公正証書遺言を作成すべき です。因みに、日本では自筆証書遺言の法務局保管制度という制度が2020年7月20日に新設されました。ですから、わざわざ公正証書遺言にしなくてもいいと思う方もいらっしゃるでしょう。確かに、この保管制度によって種々のメリットを享受できます。例えば、(1)法務局で形式面のチェックがなされますから、遺言の形式不備による無効を予防できます。よくありがちなミスとして、自筆でなくワープロで作成したとか、日付を「吉日」で表記しまったなどが挙げられますが、そのようなミスを回避できます。(2)原本が法務局で保管されますから、遺言書の偽造や隠匿を予防できます。また、( 3)紛失リスクからも解放されます。(4)本来ならば自筆証書遺言書は、死亡後に家庭裁判所において検認する手続きが必要ですが、法務局の保管制度を利用した場合は、その検認手続きが不要となります。(5)保管手数料が3, 900円で済みますので経済的です。
次に、日本の遺言を作成する際の注意事項としては、 日本の遺言に「この遺言書は私の日本国内にある財産のみを対象とし、外国にある財産は対象としない」とはっきり明記する ことです。外国の遺言にも同様の言葉を明記しておきます。この点が曖昧ですと、内容が抵触しているものとみなされ、時間的に後から書いた遺言の方が有効になってしまうという予期せぬ事態が発生してしまいます。
このようにメリットの多い自筆証書遺言の法務局保管制度ですが、注意点があります。
それは、第一に、法務局でチェックされるのは形式要件の審査に限られ、内容チェックはされないということです。
第二に、遺言を執行する段階で、遺族から、作成時の本人の意思や能力その他を理由に遺言の有効性を争われることがゼロではないことです。公正証書遺言ならそのリスクをほぼ回避できます。
第三に、死亡後に移転登記や口座解約などの相続手続きをする際に、海外在住のご遺族の戸籍や住民票、あるいは、それに代わる書類が必要になることです。すなわち、遺言書保管所である法務局から「遺言情報証明書」を取得する必要があるのですが、この取得に相続人全員の戸籍や住民票が必要になります。検認の手続きが不要になると言っても、集めなければならない書類はほぼ変わらないことになります。ご遺族が海外滞在で日本語が得意でない場合には、かなり面倒なことになります。この点、公正証書遺言なら、亡くなった本人と遺産を受取る人の戸籍と住民票を集めるだけで済みます。
公正証書遺言の威力は計り知れません。遺言の執行もスムーズに行えます。一時帰国された際に公証役場に出向いて公正証書遺言を作成することが一番のお勧めです。
そして、内容面におけるトラブルの予防や、税金面を含めたベストな内容の遺言を作成するためには、弁護士という紛争解決のプロの目による内容チェックが不可欠です。このような理由から、弁護士に依頼して公正証書遺言を作成されることをお勧めします。( 公正証書遺言の作成費用の参考例、公証人手数料10万円+弁護士報酬13万円 )。
日本の公正証書遺言が存在するか否かで、遺族が行う手続きの容易さが非常に異なります。黄門様の印籠のように日本の各役所や銀行に直接通用する公正証書遺言があることで、海外在住の相続人は、大いに助かることになります。
神田英明(かんだ・ひであき)先生
明治大学専任講師、東京弁護士会弁護士・通知税理士。ミュンヘンに 3 年ほど在住。コロナ禍を機に在外邦人のための全世界規模ズーム講演を多数開催。各専門家の紹介や個人的な相談にも気軽に応じてくださいます。
相談メールアドレス: 089kanda@gmail.com
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※本記事は「法律なんでも 1000」No045「海外居住者の遺言」(2023/2/26 配信 ) が再編集され、ニュースレター2024年10月号に掲載されたものです。